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シャキーラの彼はどんな人?

南米で知らない人はいないと言われるほどの大人気のシャキーラ。

シャキーラの彼はどんな人なんでしょう~!11年間付き合っていた彼アントニオ・デ・ラ・ルアと別れてから付き合った彼氏は、サッカー選手のジェラール・ピケ。(シャキーラの方が10歳年上)前の彼もかなり有名人だったようで、本人は弁護士のうえ父親はアルゼンチンの元大統領。たんなる弁護士ではなく、マドンナのコンサートツアーを契約したりかなりのやり手弁護士&ビジネスマンのようです。

その彼と別れた後、出会ったサッカー選手のピケ。出会いは2010年ワールド・カップだったと言われています。2011年世界クラブ選手権のために、バルセロナのメンバーであるピケにシャキールも同行して、日本で楽しんだようです。クラブメンバーは横浜ロイヤルパークに宿泊していたそうですが、ピケのツイートでシャキーラとピケはマンダリンオリエンタル東京に宿泊していたようです。シャキーラは鎌倉で大仏を観光したり、葉山に行ったり・・と日本での休暇を楽しんだようです。

ジェラール・ピケ・ベルナベウ Gerard Piqué Bernabéu  1987年2月2日生まれ(誕生日がシャキーラと同じ)

スペイン出身のサッカー選手。現在、スペイン代表。ポジションはディフェンダー。祖父はかつてFCバルセロナの副会長を務めたアマドール・ベルナベウ。とサッカーファミリーなんですね。

FCバルセロナの下部組織(カンテラ)出身ですが、2004年にマンチェスター・ユナイテッドFCに移籍、4年間イングランドでプレーしていました。2008年にバルセロナに戻り、2008-09シーズンに3冠(リーガ・エスパニョーラ・コパ・デル・レイ・UEFAチャンピオンズリーグ)の快挙を達成しました。マンチェスター・ユナイテッドでもUEFAチャンピオンズリーグ優勝を経験しているので、異なるクラブで2年連続チャンピオンズリーグ制覇を果たした数少ない選手の1人です。(2012年6月時点でマルセル・デサイー、パウロ・ソウザ、サミュエル・エトオ、ピケの4人)

スペイン代表には2009年にデビューし、レギュラーとしてプレーした2010 FIFAワールドカップでは世界制覇に貢献しています。(シャキーラもゲットできた)

ピケの特徴には、フィード能力の高さ・ヘディングの強さ・機を見た攻撃参加などがあげられるため、元ドイツ代表のフランツ・ベッケンバウアーをもじって「ピッケンバウアー」と呼ばれることがあるそうです。

祖父はFCバルセロナの元役員、父親はセグンダ・ディビシオンB(3部)でプレーしたサッカー選手なのでサッカー選手になるべく生まれた環境といえると思います。ピケは1987年に生まれてすぐFCバルセロナのソシオ(会員)となり、1997年には10歳にしてFCバルセロナの下部組織に入団しました。1999-2000シーズンにはセスク・ファブレガス、マルク・バリエンテらとともに一時代を築きあげ、30試合で200得点を記録したチームの主力として活躍しました。その後、センターバックや守備的ミッドフィールダーとしてカンテラ(下部組織)で経験を積み、2003-04シーズンには遂にトップチームにも招集されました。

2012年にジェラール・ピケはソシオ会員歴25年をたたえられる銀バッジを受け取りました。そのセレモニーで表彰されたソシオはピケを含めて683人。

表彰式では、FCバルセロナのジョルディ・カルドネル副会長から、ピケをバルセロニスタにした彼の祖父アマドール・ベルナベウ氏にも勲章を授けました。

ピケはインタビューで「とても誇らしい気分だよ。自分の意思で“ソシオ”になったわけではないけどね。その時は、まだ生まれて数日だったから。でも、僕の祖父、続いて両親がファンであることの意味や、どうすればバルセロニスタ(バルセロナのサポーター)になれるかを教えてくれたのは確かだ。それをとても誇らしく思う」と語っています。そしてソシオについても、「祖父のアイデアだったんだ。彼はバルセロナの理事で、僕を生まれながらのバルセロニスタにしたいと考えたわけさ。祖父に感謝しなくちゃね。会員歴25年を今祝えるのも、彼のおかげだ」とも。

この年季の入った“クレ”(バルセロナのサポーター)である祖父ベルナベウしは、ピケにバルセロナというクラブの価値を教え、そのクラブで成長する機会を与えてきました。そのことに関しても孫であるピケに感謝されています。

表彰式を感動の面持ちでセレモニーに参列していたベルナベウ氏ですが、彼自身の孫が少年から大人へ成長していく姿を目の当たりにして、この表彰氏も格別の喜びになったに違いないでしょう。