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ピケ選手のサッカーキャリア

マンチェスター・U時代

2004年夏、移籍金525万ユーロ(約7億4000万円)でイングランド・プレミアリーグのマンチェスター・ユナイテッドFCに引き抜かれました。10月のカーリングカップ・クルー・アレクサンドラFC戦でジョン・オシェイとの途中交代でデビューし、デビュー戦を3-0で飾ることになりました。その後はリザーブチームでの出場がほとんどだったが、2005年2月に2009年夏までの新契約を結んでいます。2006年3月29日にオールド・トラッフォードで行われたウェストハム・ユナイテッドFCとのリーグ戦で初めてフル出場。クルー・アレサンドラ戦ではセンターバックとして起用されましたが、ウェストハム戦では負傷中のガリー・ネヴィルの代役として右サイドバックとしてプレーしています。

2006年8月4日、母国のレアル・サラゴサに1年間の契約でレンタル移籍。契約には最低でも20試合以上に出場させなければならないという条項が設けられたとにより、トップチームで22試合に出場する良好なシーズンを送ることができました。ガブリエル・ミリートとコンビを組んでセンターバックとして、またフィード能力の高さを買われて中盤の底でもプレーしました。2007年5月5日、2007-08シーズンはユナイテッドに復帰することが伝えられ、5月6日の試合でアレックス・ファーガソン監督がピケの状態を直接チェックする予定でしたが、航空機の問題によりサラゴサを訪れることができませんでした。

ホームで4-0と快勝した2007年11月7日のUEFAチャンピオンズリーグ・FCディナモ・キエフ戦では移籍後初得点となる先制点を決めています。マンチェスター・Uの一員として少なくとも1得点を挙げた選手は過去に449人おり、ピケは450人目に名を連ねることになりました。12月12日のASローマ戦(アウェー)でもゴールを決めました。リーグ戦では9試合に出場したが、レギュラーポジション獲得にはできませんでした。

FCバルセロナ

2008年5月27日、ユース時代を過ごしたFCバルセロナと4年契約を結んびました。違約金は5000万ユーロに設定され、移籍金は明らかにされていませんが、おそらく500万ユーロ(約7億円)~600万ポンド(約12億円)の間ではないか?とみられています。

ガブリエル・ミリートの長期負傷離脱という幸運もあり、ラファエル・マルケスやカルレス・プジョルと共にセンターバックのコンビを組みました。2008年11月26日、5-2で勝利したチャンピオンズリーグのスポルティング・リスボン戦(アウェー)で移籍後初得点を挙げています。スペイン国内での初得点は2009年1月29日のコパ・デル・レイ、エスパニョール戦で、57分にコーナーキックから挙げたピケのゴールによって試合の流れが変わり3-2で勝利を収めることになりました。5月2日、6-2と完勝したレアル・マドリードとのエル・クラシコではサミュエル・エトオのクロスからリーグ戦初得点を決めています。5月13日のコパ・デル・レイ決勝では4-1でアスレティック・ビルバオを破り、FCバルセロナでの初タイトルを獲得しました。その3日後のリーグ戦で2位のレアル・マドリードが2-3でビジャレアルに敗れたため、2節を残してのFCバルセロナのリーグ優勝が決定することになりました。5月27日にはチャンピオンズリーグ決勝で古巣マンチェスター・ユナイテッドと対戦し、2-0で勝利して歴史的な3冠目のトロフィーを獲得することができました。異なるクラブで2年連続優勝を経験することとなりましたが、これはマルセル・デサイー、パウロ・ソウザに続く史上3人目の記録です。

2010年2月26日、クラブとの契約を2015年まで延長、その契約での違約金はそれまでの5000万ユーロから2億ユーロ(約246億円)に引き上げられたことを考えると、チームがピケを必要としていることが分かります。2009-10シーズンもレギュラーとして活躍し、リーグ戦連覇に貢献。4月28日、UEFAチャンピオンズリーグ準決勝インテル・ミラノ戦2ndレグではインテル守備陣の裏へ飛び出しフェイントを挟んでゴールを決めましたが、結局この1得点に終わり2試合合計2-3で敗退してしまいました。

スペイン代表歴

U-17スペイン代表として出場した2004年のUEFA U-17欧州選手権では準優勝を果たしています。2006年にはU-19スペイン代表としてUEFA U-19欧州選手権に出場し、優勝に貢献しています。決勝のスコットランド戦では攻守に大活躍し、ヘディングシュートがクロスバーを叩いた他アルベルト・ブエノの得点をアシストしています。2007年のFIFA U-20ワールドカップではスペイン代表の全6試合に先発出場、ラウンド16のブラジル戦では1得点を決めて逆転勝利をしました。準々決勝のチェコ戦はPK戦までもつれましたが、そのPKでピケは失敗してしまい、準々決勝で敗退してしまいました。U-21スペイン代表時代はキャプテンを務めています。

2009年2月11日、イングランドとの親善試合にて初招集され、スペインA代表デビューを果たしました。2009年3月28日、負傷中のチームメイトカルレス・プジョルの代役として招集されたFIFAワールドカップ欧州予選トルコ戦で決勝点となる代表初ゴールを決めることができました。2009年のFIFAコンフェデレーションズカップでレギュラーに定着、3位入賞に貢献。2010 FIFAワールドカップではFCバルセロナでもコンビを組むプジョルと共にレギュラーとして出場し、大会通算2失点に抑えた守備陣の一角として優勝に貢献しました。